盗作問題FINALの追記である。
元記事公開後、いろいろなかたがこのブログを訪問してくださった。
その過程で、とある二次創作の著作権問題について書かれた記事を見つけることができた。
それがこのブログ
この中で紹介されている「エンターテインメント法」という本がほぼわたしの考えに近いようだ。
そして、web上でのみ通用する二次創作にまつわる常識
「元作品へのリスペクトを示せば盗作(パクリ)にはならない」
は、2011年のこの記事にも書かれており、そんな昔からあったのか、とちょっとメウロコであった。
しかし、前の記事でも書いたが、
「著作権侵害」と「盗作(パクリ)」は
同じではない。
「著作権侵害」は法律上の言葉であり、
「盗作(パクリ)」は法廷に持ち込まれる以前の評価となる。
それゆえ、多くの虹作家が著作権法に目を通すことはせず、
web上で「パクリ」をググるに留まるのだろう。
しかし、コンテンツクリエイターであれば、著作権法がどんなものか
ちゃんと勉強すべきだ。
なんとなれば、デジタルの時代、だれもが被害者に、また加害者になる可能性があるからだ。
そして、虹創作活動においては、
すべての虹作品は著作権法に抵触していると意識すべきである。
「エンターテインメント法」の中で述べられていること

すなわち、現行の著作権法は、オリジナル作品を無断で複製や翻案すれば、それだけで著作権侵害を認める立場に立っており、そこに経済的利益の有無や、愛情や尊敬といった主観面が入り込む余地を与えていない。 
 したがって、コミック・マーケットで販売される多くの同人誌が、彼らの言うパロディであったとしても、原則として原著作権者の著作権を侵害することには何ら変わりはない」


は誠にその通りである。
わたしの「Still Heart」という作品がストーリー及び文章がほぼ完璧に盗作され、HN「みの」氏のオリジナル作品としてweb上に配信されたケースでは、
これはもうあきらかな著作権侵害として認定される。
また、その盗作コンテンツの中で、商業漫画家さんの作品がそのままトレースされて、やはり自分の作品として同人誌頒布されたものも明らかな著作権侵害だ。
では「みの」氏が行った他の盗作についてはどうか。
二次同士のパクリであれば、お互いに著作権侵害しているので、法的に訴えるのは難く、「盗作(パクリ)」疑惑に留まることも多い。そのためHN「みの」氏が「むこうだってやってるんだから、なんで私だけ悪いって言われるの」と主張することにもなる。
しかし、クリエイターとしてのわたしがもっとも大切だと思うものは、
「著作者人格権」
だ。
それはすべての創作物に付与されている基本的人権と言ってもいい。
まあ、性交に対して
「嫌だ」
という権利と例えればわかりやすい。
愛・リスペクトがあれば盗作・レイプしてもいいわけではないのだ。
「著作者人格権侵害」であれば、誰もが訴えることができる。
基本的人権は決して侵してはならないのだ。
確かに「みの」氏が主張してきた、
「経済的にパクられ側が損してないでしょ」
は、刑事告訴した場合、
検察側の「起訴する・しない」の判断材料にはなり得る。
ごまめ作家や二次創作作家の告訴が受理されることはまあないだろう。
だが「刑事告訴」して例え不起訴になったとしても、ニュースにはなる。
さらに「人格権の侵害」で「精神的にダメージを被った」として
民事で訴えることも可能だ。
トランプがアメリカ次期大統領に決まったことで、
TTPの成立は難しくなっているが、
わたしとしては著作権問題について言えばTTPに大賛成だ。
TTPが成立すると、著作権侵害は非親告罪になる。
ただ、第3者の告発に関しては制限が掛けられるので、
虹作品の作者がやたらめたら告発されることにはならないはずだ。
「非親告罪化」よりも
わたしが注目しているのは、
「法廷損害賠償制度」
である。
著作権侵害が故意か過失かで、この金額は変わってくるが、
(注意!過失、つまり「たまたま似てしまった」または「許可を取ったつもりだった」などであっても、
侵害は侵害だ。請求できる金額に差が出るという意味で、決して無罪にはならない)
これが日本で適用されれば、今まで泣き寝入りしていた被害者も
自分の権利を主張できるようになるだろう。
これまではベストセラー作家でもなければ、
たとえ裁判に勝ったとしても賠償金は雀の涙であり、
弁護士費用も払えないのが普通だった。
ここで法廷賠償金制度が適用されれば、
ある一定の金額を必ず勝ち取ることが出来る。
たとえば、これを弁護報酬とすることによって、
弁護士も気軽に引き受けてくれるようになるのではないか。
多くの場合、特にweb上でのパクリ程度の著作権侵害裁判では相手側は弁護士も立てず、裁判も欠席するであろうから、
弁護士も片手間に書類作業として引き受けてくれるかも知れない。
そしてこのことが抑止力となり、
「誰だってやってる」
「お互い様でしょ」
「無料だし」
などといういい加減な気持ちで創作をすることがなくなるのではないかと期待している。